2019年4月の改正法施行により、いよいよ本格化する「働き方改革」ですが、この中に「ハラスメント防止対策」も含まれているのをご存知でしょうか。長時間労働の防止や多様で柔軟な働き方を実現するためには、職場のハラスメント防止・ハラスメント対策が欠かせないからです。

厚生労働省は、すでに防止措置が法制化されているセクハラ、マタハラに続き、「パワハラは「許されない」と法律に明記」する方針を明らかにしています。(2018年12月7日共同通信)
「働き方改革」で、企業のハラスメント防止対策の強化も求められることになります。

そこで今回は、2018年9月に赤坂インターシティで開催された「HRサミット2018」の中から、株式会社クオレ・シー・キューブ代表岡田康子氏の講演の内容をご紹介いたします。

当社のハラスメント研修の監修を行っていただいている岡田康子氏は、「パワハラ」という概念を世に提唱した日本のパワハラ研究の第一人者です。厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」有識者メンバーを務めていらっしゃいます。

9月の講演では、最新のハラスメント問題の動向と有効な対策について語っていただきました。知っているようで知らなかったセクハラとパワハラの判断基準の違いなど基本的なことから、コミュニケーションの取り方、効果的な研修のあり方など、多彩な内容となっています。御社のハラスメント防止対策の見直し、強化にぜひお役立てください。

▼以下、HRサミット2018 株式会社クオレ・シー・キューブ代表岡田康子氏の講演内容に基づいて作成

1.ハラスメント問題の動向

職場のハラスメント防止対策は、1999年の改正男女雇用機会均等法の施行からはじまり、次々と法制化(図1参照)されてきました。2017年には再び均等法が改正され、マタハラの防止や、LGBTに対するセクハラも防止条項が義務付けられています。

「昔は許された」ということが、今や法的に問題があるということを、きちんと認識する必要があります。

(図1.ハラスメント問題行政の動向)

さらに2017年から2018年にかけて、「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」が行われました。(1)パワハラの実態や課題の把握、(2)パワハラ防止を強化するための方策などについて検討した内容は労働政策審議会で引き続き議論されており今まさに、パワハラ防止の法整備が進められようとしています。

(検討会の内容についてはこちらの記事でお読みいただけます)

2.パワハラとセクハラの概念

検討会では「パワーハラスメントの概念」をこのように定義しています。(図2参照)

(図2.パワーハラスメントの概念)

「業務の適正な範囲であるかどうか」がパワハラかどうかの大きなポイントです。セクハラでは「本人が性的に不快かどうか」というのが重要な判断になりますが、パワハラは「不快かどうか」だけでは判断基準になりません。

たとえば、ルールを守らなかった、ミスをした、といったときは当然指導されますが、指導されること自体が本人にとっては不快かもしれません。あるいは、成長して欲しいという理由で、少し難しい仕事を与えるようなことも、本人には不快かもしれません。でもこれらが「業務の適正な範囲」であれば、パワハラとはいいません。

業務の適正な範囲かどうかを明確にしておかないと、「部下がなんでもかんでもパワハラだと言ってくる」というようなマネジメント不全が起こりかねません。

さらに、パワハラは「何を言うか」ではなく、「どう言うか」という「言い方」が問題です。ひとつ判例をご紹介しましょう。

下記にご紹介するのは、部長・課長・一般職員の三者がいて、部長の一般職員に対するパワハラが原因で、間に挟まれていた課長がうつ病になり自殺したためご家族が労災申請をしたというケースです。判決文の一部にこんな表現があります。

「人前で大声を出して感情的、高圧的、かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないというものであり、それが部下の人格を傷つけ、心理的負荷を与えることもあるパワーハラスメントに当たることは明らかである」

(地公災基金愛知県支部長(A市役所職員うつ病自殺)事件 名古屋高裁判決22.5.21より抜粋)

この判決文で語られたパワハラの内容をみてもわかるとおり、指導内容が正しいとか、人格的非難はしていないとか、問われるのはそうしたことではありません。

パワハラの行為者はたいてい、「私は正しいことを言った」と言います。パワハラをしているという認識がありません。こういう人は発言の内容そのものには問題がなくても、攻撃的であったり、威圧的であったりと、言い方に問題があります。

一方で「お前たちにはできない、すべて私がチェックし、問題は私が解決する」と自分で仕事を全部抱えてしまう管理者がいます。このように言われた部下は、自分はダメなんだと思い込み、どんどん何もできない、何も考えないようになります。

上司の役割のひとつが、みんなが持っている情報を集めて意思決定することです。何か問題が起こったときに、「おい、どうなってるんだ!」と責めるのではなく、何が起きているのか情報収集して、最適な判断をしていくのがこれからの上司の役割ではないでしょうか。

結局のところ、パワハラ防止で注意すべきなのは、「何を言うか」だけではなく、言い方、態度、表情、声の調子などを含めたコミュニケ―ションの取り方なのです。

ですので、パワハラをしないためには相手との適切なコミュニケーションや自分自身の影響力を知ることがとても大事だということになります。

3.「叱る」ことなく、部下を育てるコミュニケーション

そもそも職場で「叱る」ことは、果たして有効なのでしょうか。今でも「叱らないと部下が育たない」と信じて疑わない方がいるのですが、本当でしょうか。

言われたとおりに間違いなく、24時間継続して仕事をこなす。これはロボット・AIができることです。人間に求められるのは「自分で考え、自分で創っていく」力です。これからはこうした人材を育てていくことが求められることでしょう。

確かに「上司の指示に従っていた方が間違いない」時代もあったかもしれません。けれど今はVUCA(ブーカ)と言われる、変動しやすく、曖昧で、不確実で、複雑な時代です。「常に私のやり方正しい」などと部下に自分の考えを強制している上司がいたら、ちょっとその会社は危ないかもしれません
では、「叱る」のではなく、部下を指導したいときはどうすればよいのか。「叱る」以外にもコミュニケーションの手段はたくさんあります。(図3参照)状況に応じて使い分けることを考えればよいのです。

(図3.さまざまなコミュニケーション)

職場でのコミュニケーションの目標は、1.相手の認知の構造や感情・行動を変更する、2.経験や感情、知識、意見を共有するの二つにあります。

いくら叱っても部下が変わらない、何度も言っているのにできない、というのは、そのコミュニケーション自体が無効だということです。何度も同じような注意をしているとしたら、自分のやり方を見直しましょう。あるやり方で効果がなければ、次は違うやり方をする。その結果部下の行動が変わってはじめて、そのコミュニケーションの目標が達成できるわけです。

失敗をしたくない、嫌われたくない、カッコ悪いことをしたくないという思いが強い人が増えています。その人たちに対して「叱る」ということは、指導としては有効ではありません。「言われた通りにしたのだから私を叱らないで」と言っている人に叱ったところで効果はなく、自分の正当性を訴えるばかりでしょう。

「言われたとおりにやればよい」と細かいことまで口を出していると上司は永遠に部下に指示を出し、チェックをし、叱り続けなければならなくなります。そうではなくて、自分で考え、自分で行動するように指導すれば、部下が育ち、効率的な組織運営ができることでしょう。

4.全社員教育の必要性とeラーニングの有効活用

職場におけるハラスメント防止対策には、大きく分けて「問題解決」と「予防」の二つがあります。「問題解決」には相談窓口の設置や被害者のケア、行為者への対応などがあります。

そして「予防」には、就業規則の改定、社内周知、アンケート調査、階層別集合研修、教材配布やeラーニングなどの社員教育があります。

役員や幹部には「アンケート調査」の結果を報告するなどしながら、企業経営にとってそれを放置することがどんなリスクにつながるのかということを伝え、対策の必要性を理解してもらう必要があります。

管理者に対してはどうでしょう。今の管理者にとっては、ハラスメントがいけないことはわかった、でも、それでは職場の指導ができない、相談を受けた時どうすればいいのかわからない、ということが問題になってきています。

管理者には、ダメなことを知識として教えるだけではなく、ではどうすればいいのか、まで含めた内容が必要だということです。管理者教育は少し手厚く、一人ひとりの感情に訴え、ちゃんと他の人の意見も入れながら自分で考える、そういう場を作っていく内容も有効だと思います。

そして一般社員。被害者になる可能性がある立場の人たちには、問題の正しい理解やハラスメントが起きた時の相談のしかたを、教えていかなければなりません。

こういった「予防」のための教育・研修は「職場ぐるみ」でないと効果がでません。ハラスメントに鈍感な職場の風土や人間関係を変えていくためには、全社員共通の知識習得とそれぞれの立場に応じた研修が必要なのです。

セクハラやパワハラとダイバーシティ、女性活躍の関係や、LGBTの理解など、知っておくべき知識も幅広くなってきています。また権利の主張しすぎやSNS対応などについても新たな教育が必要になってきています。こういう知識や情報の習得には、eラーニングが向いています。

eラーニングには「いつでもできる」、「どこでもできる」、「一斉にできる」という大きな特長があります。集合研修には必要な「専門的指導者が不要」で、「内容にばらつきがない」ことも重要です。そして「繰り返し」行えます。

「全社員に同じ教育をしたい」、「問題発生時に緊急で研修したい」というような場面で特に有効な手段といえるでしょう。

全国に事務所・事業所がある、派遣社員の採用や中途採用などがあり社員の出入りが激しい、不定期な働き方の人が多い、あるいは全従業員が集まれる場所がない、多くの費用がかけられないなど、さまざまな理由で集合研修が難しい企業は多いです。そういったところには、eラーニングをお勧めしています。

(eラーニングのメリット・デメリットについては、こちらの記事もご参照ください。)

最近では、マイクロラーニングに代表されるような、動画中心の研修も人気があります。クイズでゲーム的にチェックできる。こういうのは研修にあまりモチベーションのない社員との親和性もあるのではないでしょうか。

これからのハラスメント防止対策には、集合研修にこういったeラーニングなどをうまく組み合わせて、全社的に教育をしていくことが有効だと思います。

岡田康子氏の講演内容は以上になります。最後までお読みいただきありがとうございました。
当社のハラスメント研修では、職場の健康診断やアンケート調査も可能です。自社事例や規程、相談窓口情報を取り込むなどのカスタマイズもできますので、ぜひお問い合わせください。

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